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開業ドクターから学ぼう開業ケーススタディ
開業後の診療所経営について具体的ケースを検証し
経営改善につながる対策を『処方箋』として解説します。
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医療法人の継承開業
個人クリニックと医療法人との売買の違いは?-問題点に対する処方箋
「出資持分の買い取り」の際に個人負担を抑えるには?役員退職金の活用を検討する。
問題点に対する処方箋
1.発想を転換。無理のない出資持分の買い取りに
施設や組織全体を売買する場合に、個人開業のクリニックと医療法人との最大の違いは、その売買の対象が何かの点にあります。個人クリニックが土地・建物や設備、備品、さらに営業権など具体的な資産の売買となるのに対し、医療法人の場合は、法人の持つ財産の実際の価値を「出資持分」に集約してこれを売買することになります。
そしてもうひとつ、法人経営でのみ使えるのが「役員退職金」です。役員退職金は、法人の内規で支給や金額算定の方法を定めることでいつからでも退職時に支給することができ、一般に公正妥当とされる基準で算定された額であれば法人の経費(損金)となります。専門家の提案は、この退職金を最大限に活用して個人が買い取る「出資持分」の価値を下げる、というものでした。
つまり、G院長の提示した条件は"医療法人の残余財産を時価で買い取る"ということで、これは「残余財産の分配権」たる出資持分を買い取る方法に限定したものではなく、退職金という形でまず財産の分配を受けた後に、残りの財産を出資持分を通して買い取る、という手順を踏んでも本質は損なわないのではないかということだったのです。 この提案をG院長に提示したところ、実質に変わりがないのであれば形に拘らないとの返答を得ることができ、具体的にその準備に入ることとなりました。
2.具体的な継承の準備
(手順1)役員退職金規定の制定
役員退職金規定はあくまで法人の内規であり、どのように設計するかは全く任意です。ただし、過大な退職金は法人の損金(経費)にならないという税務上の規定があることから、一般には次のような計算式を設定して算定することでこれをクリアしています。
(役員の最終報酬月額)×(在任年数)×(功績倍率)
なお功績倍率は、理事長の場合一般に2〜3程度が認められています。
(手順2)金額の算定
上記の退職金規程を制定した後、具体的な金額算定に入ったのですが、ここで、理事長のほかに常務理事として法人運営に携わってこられたG院長の奥様、また同様に理事として業務を担当していた長女の方に対しても、この退職金規程を適用して退職金を支給するということにしました。
- ① 理事長 200万円×在任20年×功績倍率2.5 = 10,000万円
- ② 常務理事 100万円×在任20年×功績倍率1.5 = 3,000万円
- ③ 理事 75万円×在任12年×功績倍率1.1 = 1,000万円
(手順3)退職金支給後の出資持分の算定
前段で表示した通り、直前期の決算書に基づく医療法人の純資産価額は1.4億円となっていましたが、上記の退職金を支給する前提で再計算すると、純資産額はほぼ当初出資金の額である1,000万円程度となります。したがって、医療法人は資金調達して前役員に退職金を払う必要がありますが、L先生個人としては持分そのものを額面通りの1,000万円で買い取れば済むことになるわけです。
なお、退職金支払いの原資は法人の財産を充て、不足分は銀行から調達します。結果としては、医療法人の土地・建物や設備を間接的に手に入れる対価として「法人に」銀行借入が残る形となりますが、金利を経費化しつつ返済していく一方で、医療法人はこの退職金の支払いによって生じる損失を7年間にわたって繰り越して利益と相殺できるメリットが生まれます。
そしてこのことは、法人財産を出資持分の形で取得した場合はもちろん、直接的に土地・建物を取得する場合と比べても、税務的には非常に有利な結果をもたらすといえます。
また逆にG元院長にとっても、退職金の課税が税務上優遇されていることから、出資持分のみで売却する場合と比較してもむしろ有利に対価を受け取ることができます。さらにG院長としても、奥様の長年の苦労に報いることができると、この退職金支給案には大賛成でした。
3.事業継承〜新生クリニックの船出
その後この提案を前提に事業継承の契約を取り交わし、G小児科に非常勤として勤務を開始したL先生でしたが、大先生に加えて若い先生が後継で診療を始めたことに対する患者さんの反応は素早く、夏場を迎える季節だったのにも拘わらず平均患者数は10%以上伸びる結果となりました。そしてそのような中で少しずつ自分のスタイルをスタッフにも覚えさせることもでき、約束の1年が経過した時点で、自然にバトンタッチができる環境を整えることができたのです。
そしてその後、社員総会・理事会などを経て社員・役員の交代がなされ、旧役員には予定通りの退職金が支給されました。退職金の課税は、支給側の法人で源泉徴収して完結するため、受給者側で納税の申告などの手間もかかりません。
また出資持分はほぼ額面金額で譲り受け、個人での負担は最小限に抑えられる結果になり、個人・法人ともに無理のない資金繰りで、新生「Lこどもクリニック」は船出することとなりました。
総括
今回のような分院展開をはじめ、医療法人は個人クリニックと比べて 、その基本的な性質が大きく異なる部分があるため、その特性をいかにうまく生かして運営をするかが大変重要となります。特に財政・税務面においては、柔軟な思考方法をもって対応することで結果の現れ方が大きく異なってくることがあることを理解し、専門家を上手に活用して頂きたいと思います。
これまで全12回にわたって実際の医院の経営戦略をご紹介してきましたが、これからの医院経営においては何らかの戦略的思考が必須となってくると思われます。
適切な相談相手・アドバイザーを得て、まず自分の武器や得意分野をどのように生かすべきか、そして環境や競合相手の状況を正確に理解したうえで、より最適な戦略を選定し実行することが求められてきます。 そして、ご自身で選択した戦略を信じて、強い意志を持って医院経営にあたって頂きたいと考えます。
(文責:税理士法人アフェックス 旧 税理士法人町山合同会計)