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クリニックの事業収支をケース毎に比較検討どうなる収入!
手取り収入の多寡につながるなぜ?を解説
都心と郊外のクリニック、経営数値を並べて比較!決定的な違いはここにある!
「都心の駅前開業」なのに苦戦のスタートとなったIクリニック。「駅前立地」ゆえのリスクや、診療内容の差別化にも注意が必要でした。一方、環境を熟知した地元で「郊外戸建て」開業したJクリニック。近隣住民のクリニックに対する「潜在的ニーズ」と「診診連携」をうまく活用した開業でした。
経営状況を表した表を比較したところ Iクリニックは、やはり家賃と人件費をはじめとする固定費の負担が高いことが分かります。Jクリニックは2年目には目標の1,500万を大きく上回る結果となり、現在では借入返済のめどもつきクリニック建築に向け順調に体制を整えつつあるとのこと。それぞれの誤算、成功要因を解説します!
―2つのクリニックの比較表 ―
■経営数値 (金額単位:千円) IJクリニック比較表拡大→
■経営数値の見かた
- 【Iクリニックが固定費・固定支出を賄うための収入】
- 返済と減価償却を加味した固定支出を賄うための収入
- 開業初年の固定支出〜「L」21,500+「O」1,100-「J」1,500=21,100
21,100/(1-「変動費」率6.1%)=22,470千円 - 2年目の固定支出〜「L」28,220+「O」4,500-「J」3,000=29,720
29,720/(1-「変動費」率5.6%)=31,483千円
- 開業初年の固定支出〜「L」21,500+「O」1,100-「J」1,500=21,100
- 【Iクリニックが固定費・固定支出を賄うための患者数】
- 一日当たりの患者数=必要収入/平均単価(内科は概ね5000円、都心部駅前を加味し4750円)/日数
- 初年の必要収入22,470千円/4,750円=4,730人/(23日×9ヵ月)=22.8人
- 2年目の必要資金31,483千円/4,750円=6,628人/(23日×12ヵ月)=24人
Iクリニックが初年度に固定支出を賄うための収入は約2,250万。そのためには23人/日の患者数が必要です。2年目には少し認知され、収入が上がりましたが必要患者数は24人以上。目標とする3年目の可処分所得1,500万を獲得するためには45人ほどの患者数が必要でした。
一方のJクリニックの2年目では、固定費が少ないため必要収入は約1,895万、必要患者数は15人と、負担の少なさが分かります。
※実際の収入は5,760万で、2年目にして可処分所得が1,500万を優に超える結果となりました。
Iクリニックの誤算
誤算要因1 都心駅前立地の特性の誤認
開業後しばらくしても患者数はなかなか増えず、数ヶ月間は平均10人/日に届かないという状況。やっと少しずつ増えてきた一年後に、何とIクリニックと駅との間に新たに内科クリニックが開院することに...!幸い専門が異なるため、軽症の患者さんが減少した他は大きなダメージにはならなかったが、増患を目指そうとしていた矢先に水を差され、I院長は運営の難しさを強く感じたのでした。
- 開業地は駅前で人通りは多いが、繁華街から一本外れた通り。道の両側に並ぶ飲食店や小売店などの袖看板の派手さに負け、クリニックの看板が街の景観に埋もれて、通行人にアピールできていなかった。
- 内覧会や開業チラシ等開業時の告知や簡単なホームページは業者に任せきりで、立地の優位性や便利性などのアピールができていなかった。
- 認知度を上げるため看板の増設を計画したが、看板に関して種々の制約が付されていたためできなかった。
- 立地の特性か、風邪など軽症の患者さんが多く、本来のターゲットの慢性疾患の患者さんはなかなか増えず、診療単価の面からも事業計画との相違が拡大する結果に。
誤算要因2 固定費負担の大きさ
テナント開業の場合、都心部・駅近なほど家賃は高く、人件費も特に地方と比べると高く、看護師他、受付事務等は一般の業種とも競合し高い給与コストに。診療単価は基本的に全国同じなため、結果的に人件費率が高くなります。また差別化のため院内の内装に凝ったり、最先端の医療器機を揃えたりすれば、さらに借入返済やリース料などの資金負担が必要となります。
- 気に入って契約したテナント物件のため価格交渉を殆どせず、家賃負担(経営数値-G)の大きさに加えて多額の保証金の支払いが当初の資金繰りを大きく圧迫した。
- 良い人材を確保するため近隣相場より給与水準を上げたことで、人件費率(経営数値-F)は高く、さらに医療機器のコストも嵩みリース料(経営数値-H)が増加し収支を一層厳しくした。
Jクリニックの成功要因
成功要因1 競合の少ない診療圏と固定費
落下傘開業で全くなじみの無い地域でスタートを切った場合、まず地域を理解する時間がかかり、さらに自院を認知してもらうのに時間もコストもかかりますが、J院長は「地元」での開業、よく知った地域であるため、これらのリスク要因をある程度排除できた形態でした。
- 開業地の診療圏調査の年齢別人口構成比は高齢者の割合がすでに高く、20年後には現役世代はさらに減少し、高齢者も寿命のピークを越えて減少が予想される地域で、周辺には昔からの高齢の開業医のみである。遠くても大学病院まで通う患者さんも多く、近隣住民のクリニックに対する潜在的なニーズはかなり高い地域であると判断。
- 循環器科内科の専門クリニックが診療圏にほとんどなく、開業してみると幅広い層から予想を上回る来院患者数があり、地域の期待が強く感じられた。
- 駅からも距離があるため家賃の単価が安く、待合室を広めに設計することや第二・第三診察室を作って複数体制で診療するなど、都心部と比べて運営の幅も広まった。
- 診療圏が広く患者さんのために駐車場を確保する必要があったが、都心部でのテナント開業に比べてかなり出費を抑えることができた。
- スタッフ募集もパート中心に意外に多くの応募があり、都内と比較して1〜2割低く人件費も抑えた運営が可能となった。
成功要因2 環境を熟知した地元での開業
近年病院はクリニックとの機能分化を進める中で安心できる連携先クリニックへ積極的に紹介を出す傾向が強くなっていますが、J院長の場合もその点は戦略的に強く意識したポイントでした。
- 勤務していた大学病院は、仲の良かった同期の先生が主たる立場で差配されており、当初より連携の体制がとれていた。また病院近隣で、患者さんをある程度引き継いで開業できた。
- 地元の医師会でも知り合いの先生が多く、開業前からいわゆる“診診連携”の体制も取れつつあり、地域の診療圏に対する細やかな対応が可能だった。
ワンポイント:開業地選定の考え方と環境認識の重要性
今回の事例は、クリニック開業における開業地選定の考え方と正確な環境認識の重要性について紹介しました。
I先生は、駅から至近で利便性が高い立地の優位性に過信を抱き、落下傘開業であるにもかかわらず具体的な戦略を軽視して開業してしまったことに結果の要因がありました。
それでも開業4年を終了する頃になると地域の患者さんの認知も広がって口コミで患者さんも増え、やっと想定していたレベルの収入達成となりました。やはり「駅から近い」という立地の優位性は揺るぎないもので、周辺住民から一度認知され、患者さんの満足度を得てしまえば、利便性の高さから優先的に選ばれることも多くなり、またスタッフ募集の際にも通いやすさから応募者の人気も高く、I院長も現在はこの地の開業に大変満足しています。
問題は、周辺地域に認知されるまでの期間がどれだけかかるかの点にあります。この期間をいかに短くできるか、またその期間中の支出に耐えられるだけの運転資金が潤沢に用意されているのかどうかが非常に大切になります。
一方J先生は、競合他院がない郊外で最高の形でスタートを切ることができました。 前職の大学病院と近いことは強みである一方、良好な関係を維持し続けることができるように努力を続ける必要もあります。またJクリニックのより根本的な問題点は、この地域の対象人口が将来的には減少してしまうことにあります。患者数の減少に伴い診療スタイルを切替え、在宅診療などを積極的に採用していくなど、長期的な視点での戦略もいずれ必要になりそうです。
(文責:税理士法人アフェックス)